ムツゴロウパパがガンだった頃3

抗がん剤を投与しても、腫瘍マーカー(血液検査)の数値は一向に下がらず、ガンも変化なしで、結局、自己造血幹細胞移植というのをすることになった。

それをしたら、みるみる白血球が下がってきて、感染症の危険があるので、無菌室に移動となった。あと、抗がん剤も大量投与に変える為だ。がんセンターの無菌室は、1フロア-が無菌棟になっていて、無菌室の大部屋に入ることになった。そこにはパパよりも若い10代の子がいたり、かと思えば、団塊の世代の人まで、さまざま。だが、みんな抗がん剤でスキンヘッドで、どこの組ですか?みたいな感じだ。
そして、みんな明るくて、ガン=恐い、暗いというイメージはまったくなかった。
だけど、そこで、言われた言葉に愕然とする事になる。

先生・・・「大量投与(抗がん剤)をするとほぼ、子供は望めません」

私・パパ「・・・・・・・・・なんですと?」

先生・・・「主治医に聞いてませんか?」

私・パパ「聞いたような聞いてないような」

先生・・・「奇跡が起こる事もありますが」

パパ「あきらめます」

私「え~~~~~何言ってんだ、この人は、私は子供が3人はほしいのだ」(心の中で言う)

だけど、躊躇してる時間がないことはわかっていた。だけど、今この場で、もう子供は出来ませんと宣告されたって、パニックになってる頭はどうすることもできなかった。
結局、今日現在までミラクルが起こることはなく、私は年をとってしまい、息子ちんは一人っ子になってしまったのだ。今でも、この事はとってもつらい。不妊症の人の気持ちが、ほんの少しだがわかるような気がした。

無菌室でパパにとって唯一辛いのは、子供の面会ができないことだ。子供は菌をたくさん持っているので、免疫力の低下した病人には天敵なのだ。

以後、無菌室をでるまで、パパと息子はガラス越しの対面しかできなくなった。

パパがガンセンターの噂で聞いてきた話によると、あの有名な超かっこいい、渡辺謙さまも、同じがんセンターの無菌棟にいたらしい。(謙さまは白血病だった)
それを聞いたパパは「もしかしたら、このベット、渡辺謙が寝てたかもよ」なんて呑気な事を言っていました。彼は有名人なんだから、個室に決まっとるだろ!!
と、アホを言える余裕がこの時の私にはまだあったのだ。

・・・・・・・・・・・・続く

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           久々にマリルのひなたぼっこを載せてみました

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この記事へのコメント

ハナママ
2007年05月12日 00:33
毎回先がドキドキする話で先が気になって仕方ありません^^;
今元気で幸せと分かっているからどこかで安心して読めるお話ですがそのときを振り返ると壮絶だったんでしょうね・・・。
うちのクマも結婚前皮膚癌で手術&治療したのですが私は話しだけで闘病生活を一緒に経験していません。。一緒にしたかった気持ちが半分、支える伴侶としてはとっても辛いんだろうな・・・と。
お子さんは残念かもしれませんがムツゴロウパパが今傍に居てくれる事がなにより!うちは結婚7年夫婦二人です。希望はありましたが夫婦仲良しが何より!と思い込んでいます^^;
2007年05月12日 13:02
ハナママさんのダーリンも闘病したんですね。きっと本人にしかわからない、辛い気持ちや葛藤がたくさんあったと思います。夫婦仲良しが一番ですが、うちはバトルも激しいです(泣)友人もお子がいませんが、やっぱり夫婦仲良しなんですよね。ワンがお子と一緒って感じです。うちのマリルも次男だと思っていますよ(笑)

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